暮らしを、“生ききる”を、支えるケアとは – 地域で働く看護師のリレーブログ

[最終更新日]

(ミノワホームの運動会。102歳の利用者にボールを投げ渡すシーン。このあと見事にキャッチしてくれた。)

訪問看護や在宅医療にかかわる方々から、実際の現場の様子や関わってみて感じた率直な想いを寄せていただきました。バトン形式で不定期でお送りしています。
今回寄稿いたただいたのは、この方!

加藤有香さん

東京医科大学医学部看護学科卒業後、大学病院にて勤務(消化器外科、糖尿病内分泌科、眼科)。地域との交流を大切にしながら生ききるを支援している社会福祉法人愛川舜寿会 ミノワホームへ転職。趣味は、カメラ、料理、自然の中でのんびりすること。

最期までその人らしく生ききれるためのサポートをしたい。そんな想いがあり、看護師を目指しました。地域で病気や障害を抱えながら生活する方をみたいと思っていましたが、まずは、病院でどのような治療があるのかを知り、病院の可能性や難しいことを自分で見てみたいと思ったため、大学病院へ就職しました。

 

大学病院での葛藤

病院では、外科病棟に配属されました。その病棟は手術だけでなく、化学療法や終末期医療も行っていました。2週間という短い入院期間の中で、手術をし、食事指導を行なったり、患者さんが生活に戻って困らないようにするために関わらせていただくことには、非常にやりがいを感じました。また、元気に退院される姿をみて、「治る」「治療できる」ということは病院だからできることであり、患者さんの生きる希望に直結していることを痛感しました。

その一方で、病気の状態が進行していて、手術や化学療法、放射線治療を行なっても状態が改善しない方にもたくさん出会いました。治療をやり尽くすのが先か、命のリミットが先かというケースに出会う度に、病院とは何か、生きるとは何か、その人らしさとは何かを考えました。病院にいる間は、タバコを吸いたくても吸えません。好きなものを食べることもできません。好きに外に出ることもできません。私は、看護師である以上、病院のルールを守れない場合は、注意をしなくてはいけませんでした。しかし、本人の意思を尊重できないと感じる度にこれでいいのかなという葛藤がありました。大学病院で働くことで医療現場だからできることの素晴らしさを感じることができました。

しかし、一方ではその人らしさを大切にするには限界も感じました。その人らしさを大切にできるケアがしたいと強く思った私は、神奈川県愛川町にある特別養護老人ホームへの転身を決意しました。現在、私が働く「ミノワホーム」では、入居している方も地域住民であることを大切にしているため、生活が施設の中で完結せず、地域との繋がりと、その人らしさを大切にしている文化がありました。

(地域に向けた納涼祭。障害も病気も老いも国籍も関係なくごちゃ混ぜ。年々参加者が増え、今では1000人が集う“地域の盆踊り”に)

 

他人事ではなく家族事

また、利用者さんを他人事ではなく家族事として考えている職員がたくさんいるため、1つ1つのケアに愛情を感じました。利用者ではなく“その人”を「気にかける」ケアを感じたのです。ここでは、タバコが吸いたければ自分の意思で吸うことができます。家に帰りたければ外泊もできます。ここで最期を迎えたい人は、ここで生ききることができます。やりたかったケアがここではできると思いました。

また、施設ケアの中には当然、看護師としての専門性も求められます。病気の早期発見を中心とした健康管理や身体の変化に応じて、本人と家族の心のケアも行います。老いや病気とどう向き合うか、生ききる準備をどのようにしていくのか。1人で考えるのではなく多くの職員と課題を共有し、最善を考えていきます。みんなで同じ方向を向きながら試行錯誤していくプロセスは、介護・看護の垣根のない協働性が求められ、とてもやりがいを感じます。

 

その人らしく“生ききる”

入職して、一番印象だったことは看取りは悲しいだけではないと知れたことでした。それは、初めて老衰の看取りをした時のことです。病院では、老衰という診断で亡くなる方には出会いませんでした。その方は大正生まれの99歳。長女さんは、1日も欠かさず面会にきていました。「家では見られないから、これくらいしかできないのよ」と言い、母と娘の日常がこの施設で積み重ねられていました。「母は、『ここで逝きたい』『ここにいると楽しい 』と言っています。最期に着たい洋服もこの間一緒に話して決めたんです。」と長女さんは、いつも母との会話を職員に話してくれました。

食べる量が減り、寝ている時間が増え、排尿も少なくなってくる。いよいよ最期の時が迫ってきたとき、ある利用者さんが手を握りながら「いっちゃ嫌だよ、寂しくなるじゃないか。置いてかないでくれよ……」と震える声で語りかけました。ここで暮らしを共にしてきた仲間です。込み上げてくる寂しさを精一杯伝えている姿をみて、私も思わず涙が出ました。家族も全員集合し、みんなでおばあちゃんを囲みました。呼吸が止まりそうになる度に、みんなで声をかけて、そして、みんなで旅立ちの瞬間を共にしました。私は、あんなに多くの人に見守られながら旅立つ人を初めて見ました。そして、今にも目を開けそうな、笑っているような穏やかな表情になることを初めて知りました。

今まで、看取りは悔しくて悲しいものだと思っていました。病院では、患者さんの希望を叶えてあげられず、「ごめんなさい」と思いながら看取った方がたくさんいたからです。ミノワホームの看取り率は約80%。ここに就職して、その人らしく生ききれる看取りがあることを知りました。お見送りをしたあと先輩は、長女さんに声をかけました。「楽しかったね。寂しくなるね」と。その言葉を聞いて、私の中の違和感がストンと落ちました。看取った後、心が晴れやかだった正体は、「楽しかった」という気持ちだったのです。看取りは亡くなる瞬間のことだけではなく、今までの人生の積み重ねの1つに過ぎません。今まで生きてきた楽しい日々の積み重ねを共有させてもらえているからこそ、出てくる言葉だと思いました。

今、働いていて自分の中に違和感があるのであれば、その違和感をなかったことにするのではなく、自分らしくいられる居場所探しをしてみるのもいいかもれません。私は、ようやく、看護師になってよかった、私らしくいられる。と思えるようになりました。それはやりたい「ケア」ができる、みんなで支え合える「お互い様」の環境に出会うことができたからだと思います。これからも、私らしく、地域で生活している方の暮らしを、生ききるを、支えていきたいです。

 

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