「繋がる」ことが「財産」に
インタビュー先の事業所とご担当者様
阿部 智子さん 管理者 看護師
訪問看護ステーションけせら
東京都文京区周辺
本郷~御茶ノ水は医療業界の丸の内?
よろしくお願いします!
このあたりは大学病院はもちろん、医療機器メーカーや医療系の出版社など、医療業界のあらゆる分野が密集しているエリアですよね。
こんなに医療関係が集まっている場所は珍しいと思うのですが。
そうですよね!
やはり、東大病院の存在が大きいと思いますね。
全国的に見ても、大学病院がこれだけ集まっているのは文京区だけだそうです。
本郷には東大、順天堂、東京医科、千駄木には日本医科、湯島には東京医科歯科、駒込の方に行くと都立駒込病院まである。あと、文京区の豊島区の境には大塚病院。千代田区になりますが、橋を渡ったすぐ先の御茶ノ水には日大病院もありますね。
羅列してみると本当にすごいですよね(汗)
医療機器屋さんも「ここは医療機器業界にとっての丸の内だ!」って言っていましたよ。
だからといって、「世に出回っていない目新しい医療機器がいち早く入ってくる!」みたいな直接的なメリットはないんですけどね(笑)
ないんですか(笑)。
でも、これだけ周囲に東京を代表する大学病院が多いステーションも珍しいと思います。
このエリア独特の地域性みたいなものは感じられますか?
捉えている「地域性」の違いを感じることは多々あります。
私たちにとっての“地域”は文京区ですが、このあたりの大学病院にとっての“地域”は東京都であり日本。
狭いエリアの中で同じ地域包括ケアシステムに従事していても、大学病院とは少し考え方ややることは変わってきますよね。
このエリアの大学病院だからこそ…、とも言える気はしますね。
ちなみに、たくさんの大学病院と訪問看護という形で連携を取っていると、病院ごとに特徴を感じられたりはしますか?
ありますよ。
例えば、東大病院はやっぱり先駆的だなと感じます。
もう20前以上前から連携室を作って、退院連携システムを整えていましたし。
確かにそのようなイメージですね…。
ちなみに東大病院自体で訪問看護は持たれていないですよね?
持ってないですね。
やはり大学病院は訪問看護を作らないところが多いですね。
急性期でなるべく地域に還元して、それこそステーションとは役割分担をしているんだと思います。
教育を通して感じる社会や教育の在り方、学生の意識の変化
こちらの特徴として、何と言っても平成25年にスタートした「東京都訪問看護教育ステーション事業」の教育ステーションに指定されていることだと思います。
「教育ステーション」について知らない看護師さんも多いと思うので、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?
訪問看護師としての第一歩を踏み出してもらうために、希望日数の研修を通して、ステーションの仕事をしっかり教えるという内容です。
それ以外にも地域連携や相互連携によって、たとえば病院からステーションへ看護師が訪問看護を学びに来たり、反対にステーションから病院へ学びに行ったり…。
地域のステーションに対して、研修や講演会を通して、少しでも訪問看護の質を高めてもらうための動きかけもしていますね。
実際の教育を請け負うだけでなく、連携の旗振り役という立ち位置も担っている、と。
これまで、教育ステーションとしてたくさんの学生や研修生を受け入れてきた中で、特にここ最近の若い方の間での変化など感じることはありますか?
学校のカリキュラムも変わって、在宅を意識する学生は増えてきたと思います。
ただ、「私は在宅でこんなことを学びたい!」という強い気持ちで入って来る方は少なくて、「訪問看護の実習は楽しかったけど、やっぱり病院で働きます」という方が多い印象ですね。
それはどのような理由があるとお考えですか?
学校教育として、社会や地域全体を捉えていくような教育が、まだ不十分なのではないかと思っています。
例えば、実習生を見ていると、家族の介護負担の問題ばかりに目がいってしまい、家族間の人間関係や地域資源の利用のことなど、より広い視野で物事を見ることは苦手な印象を受けますね。
在宅を希望する若い方の中には、例えば、ご家族がサービス利用者ですでに在宅を知っている方もいますが、そういう経験がないとイメージしにくいのかもしれないですね。
あとは、結婚や出産、嫁姑問題など、在宅においては人生経験を経てないと理解しづらいことも多そう…(汗)。
そうなんですよね(苦笑)。
人生経験の少ない学生たちに言葉でどう伝えていくかは私たちの課題でもあります。
教えてどうにかなる面と、どうにもならない面もありますしね。
仰るとおりです。
在宅の世界は、もともと持っている感性がとても大きいと思います。
ただ、感性が磨かれていなかった方でも、教育によって鍛えられる部分もある。
現場経験を通じて「相手は何かを求めているな」ということを感じ取れるようになってくると大きいですね。
多職種ステーションであり続ける理由、次なるナーシングホームの構想
けせらさんでは、訪問看護はもちろん、リハビリ、ヘルパー、ケアマネもいる多職種の在籍ステーションとなっていますが、このスタイルは立ち上げ当初から?
そうですね。
そもそも私がここを立ち上げたのは、「ヘルパー事業所と一緒にやりたい」といった思いがあったからでした。
利用者さんの生活を見ていくためには看護だけではなく介護の視点も必要だと強く思っていましたし、やる意味があると信念を持って続けてきて今に至ります。
利用者さんの生活ひとつひとつのニーズを叶えていくためには、医療的な手だけではなく、介護の手も必要といったことですね。
現在、次なる一手として「ホームホスピス」の開設も検討中とか?
はい。自分たちが関わった人たちが、「生ききるための場所」を作りたいと考えています。
お看取りももちろんですが、家族が疲れた時のレスパイトや、通所もできるようにしたいなと。
あとは、病院から自宅に退院する時ってご家族も不安ですよね?
だから1ヶ月だけうちで預かって、退院後の生活い慣れたところで「これでもう帰っても大丈夫」と、お家に帰る準備にする場所にもしたいな、と。
在宅支援をするうえで、ご利用者にとってもご家族にとっても、必要となる場所ですね。
そうですね。
先程は高齢者のケースを挙げましたが、小児から高齢者まで、誰でも柔軟に使える場所にしたいと考えています。
そのために「有料老人ホーム」ではなく「ホームホスピス」といった形態にもこだわったんですよ。
病院で感じた延命への疑問から夢中になる在宅との出会い
ここからは阿部さんのご経歴についてお伺いできればと思います。
阿部さんのご出身はこの文京区エリアなのですか?
いえ、出身は北海道です。
地元の専門学校を出て、地元の病棟で働いて…。主人が東京の人なので、結婚を機に上京しました。
どのような病棟でご勤務を?
地元の病院は外科で、こっちに来ても外科病棟に配属となりました。
でも、それが「病院を辞めよう」と思った理由にも繋がっていて…。
食道癌で笑顔が素敵なおじいちゃんの患者さんを看たとき、その方は手術で声帯を取って退院されていきました。
その半年後に再入院してきたのですが、ものすごく暗い表情になっていたんですね。
その時、「この人は半年の延命を得た替わりに、どれだけのことを失ったのかな…」と、ふと思ってしまったんです。
それが、「延命のための治療はもうしたくないな」と思ったキッカケでした。
なるほど…(汗)。
その後、病院を退職されてからどのように在宅の世界へ?
子どもが少し大きくなった時に、訪問看護師募集のチラシを見たことがきっかけです。
その頃は実習もなかったので、訪問看護については何も知らない状態でしたが、「なんか面白そうだな」と思ったんですよね。
それが、まだ介護保険もない平成6年のことでした。
「訪問看護ステーション」という制度自体がやっと立ち上がったくらいの時代ですね。
情報のない中で始めてみた訪問看護はどうでしたか?
とても楽しかったですよ。
始めたばかりの頃に良い出会いがありました。
要介護5で反応もほとんどない全介助だった利用者さんが、私のケアで反応や表情が変わっていく姿を目の当たりにして、病院で見ていた延命治療と違い、わずかでも回復に向かう変化を感じられることが、自分にとって大きなやりがいになりました。
病棟で感じていた看護業務のイメージとは、真逆だったのでしょうね。
逆に、苦労したこともありましたか?
やっぱり知識不足や一瞬の判断の遅れを後悔したことですね。
あの時の反応や表情、声をなんで聞き逃したんだろう?っていう。
在宅を始めて2年目だったかな。
入浴介助中に70代の利用者さんの意識がなくなって湯船に沈みそうになった時は本当に焦りました。
急いで引き上げて先生に連絡して、大事には至らなかったのですが…(汗)。
うわ、怖い…(汗)。
あらかじめそういうリスクはわかっていたのですか?
なかったですね。
ただ、疾病の有無限らず、ある程度の条件が揃えばそういうリスクもあり得るといった理解もあの頃はなかったんですね。
当時、新人訪問看護師だった自分にとってはとても怖い経験でしたが、そのような経験を糧にしていくこともとても大事だったのだと今になって思います。
訪問看護師として、至る所にあるリスクとどう向き合って、どう対応していくかを学んでいく必要がありますね。
例えば、誤嚥のリスクはあるけど、楽しみ程度なら食べていいと先生に言われているご利用者の場合も「必ず誤嚥しない(させない)」とは言い切れないですよね。
「そういったリスクは必ず付きまとうけど、それでも大丈夫ですか?」と利用者さんにしっかり話しておくかどうかで、その方との信頼関係も全然違ってくるんです。
在宅で生きていくと決めた、とある母子
印象的だった利用者さんのエピソードを教えて頂けますか?
さっき少しお話した、私が在宅に夢中になるきっかけになった利用者さんなんですけどいいですか?
お願いします!
80歳前くらいだったかな。脳血管障害のため要介護5で寝たきりの女性でした。
40代の娘さんが仕事を辞めて、1人で介護されていました。
旦那さんはもう亡くなっていた?
はい、そうですね。
娘さんがとても熱心な方で、退院する時に「交通費もタクシー代もこちらが出しますから」と訪問看護を希望されました。
私は自転車で行ける範囲だったので自転車で、週に2回ほど3年間コンスタントに訪問しました。
麻痺もあって寝たきり、さらに経管栄養だったので私たちが2週間に1回チューブの交換。話しかけると目は少し開くけど、発語は全くない状態でしたね。
訪問をしていくうちに、話しかけたり触れたりすることで表情や手の動きがどんどん変わっていきました。
自分の技術や知識によって、人がこんなに反応が変わるんだというのがもう衝撃だったんですね。
自分がこうすればこういう結果が生まれるんだ、こんなにも変わるんだ、と体験できた最初の利用者さんでした。
お嬢さんもお母さまの良くなっていく様子を感じていらっしゃったでしょうね。
そうですね。とても喜ばれていました。
最期はご自宅で亡くなることができたのですか?
肺炎を起こして、搬送もせずご自宅で息を引き取られました。
私の後に担当者が変わった1年以内のことでしたね。
お嬢さんとは今でも交流があるんですか?
ありますよ。習字の先生なので私も習字をたまに習っています。
もう70歳手前になっているから「私も今後はどうしようかしらね。阿部さんに迷惑かけないようにはするわ」なんて言って(笑)。
自分で自分の看護を評価できる訪問看護の魅力を感じさせて頂いたケースでしたね。
娘さんと今でも繋がっていることも嬉しいですし、あの母子がいなければ今の私はここにいないかもしれません。
人との繋がりはあなたの財産
阿部さんはこれまで、東京都訪問看護ステーション協議会や日本在宅看護学会の理事もされてきていますが、
地域の連絡会や在宅の勉強会に所属をするメリットはどのように感じられますか?
メリットしかないと思いますよ!
いろいろな情報や人との繋がり、自分自身の方向性や考え方の広がりを得られると思います。
連絡会や勉強会に出向くことで、自分が前に進んで成長できる。
若い方が主体のステーションや、新規立ち上げのステーションですと、地域の連絡会に参加しないところも増えていますよね。
そのようですね。
ただ、私の考えとしては、ステーションでの教育をちゃんと考えるためには、たくさんの情報が必要ですし、たくさんの情報を得るためには自分たちだけで固まらず、外の人と出会っていかなければいけない。
私が在宅を始めた平成6年当時はケアマネがいなかったので、自分たちですべてマネージメントしていました。
利用者さんの困りごとは自分で役所に連絡したし、役所じゃなくても得意そうな人に頼んで乗り越えた。
だから今の若いスタッフにも、「人との繋がりは自分の財産だよ」、と伝えているんです。
「誰かと名刺交換したらあなたの財産として大事にしなさい」、と。
ただし、なんでも人に聞いて頼ればいいわけでもありません。
まずは自分で考えて調べてみること。
考えた結果こうなったから相談する、という流れを持つことが大事だと思います。
自分の頭で考えないと、自分のスキルも知識もそれ以上広がらないです。
だからこれから在宅をやりたい人には、自分なりの考えを持ってほしいと伝えたいです。
最初は教科書通りの理解しかできなくても、様々なケースに出会っていく中で、自分で考えて、もっと別の視野や考え方を持とうという努力を続けてほしいですね。
広い場所に行って人との繋がりを財産にした上で、自分なりの考えや視点を持つ、と。
今日は本当にありがとうございました!
ありがとうございました!
取材を終えて
『東京都訪問看護教育ステーション事業』をご存知でしょうか?
東京都が実施をする、訪問看護師の確保・育成・定着を目的として、「訪問看護師を育てるための訪問看護ステーション」の認可を受けた、都内13ヶ所(19年07月現在)の事業所の1つが『けせら』です。
メンバーには、代表兼管理者の阿部さんをはじめとして、訪問看護ステーションでの管理経験者、認定看護師、20代の若手まで、年代・職種を問わず様々なスタッフが所属する、文京区の老舗訪問看護ステーションとなります。
1990年代前半から始まった日本の「訪問看護」制度において、いち訪問看護師として、管理者として、経営者として、時には協会理事として身を置いてきた阿部さんだからこそ見える、「在宅」の現在と未来の姿があるように感じられました。
これから本気で訪問看護に取り組みたいと考えている方、まずはこちらでの研修参加(※無料)から検討をしてはいかがでしょう?
取材・文章:一和多義隆
事業所情報
事業所名 | 訪問看護ステーションけせら |
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運営会社 | 株式会社けせら |
所在地 | 東京都文京区本郷3-15-2 本郷二村ビル2階 |
最寄り駅 | 大江戸線・丸ノ内線「本郷三丁目」駅 徒歩5分、JR「お茶の水」駅 徒歩7分 |
在籍人数 | 看護師:14名、PT/OT:6名、介護士:5名、ケアマネ: 2名、事務3名 |
従業員の平均年齢 | 40代半ば ※20~50代のスタッフが在籍 |
本日は文京区本郷にある『訪問看護ステーションけせら』の所長であり、ベテラン訪問看護師の阿部さんにお話しを伺います。よろしくお願いします!