1週間の帰宅でも、家族や友達に支えられた最期の大団円

娘さんに家庭の味を教えたいと、台所が見える位置で療養していた膵臓ガンの50代女性。化学療法後の再入院から退院し、たった1週間でも過ごすことができたかけがえのない時間とは。

インタビューご協力者

青木 佳子

看護師

松原アーバンクリニック 訪問看護ステーション 所長

今年新設されたステーションの新米所長である青木さんが出会ったのは、娘さんが高校を卒業したばかりだったという膵臓ガンの50代女性で、ご主人と息子さんも含めた4人家族。

「頑張れば娘の卒業式に出られる」という時期で、
青木さんは女性が化学療法をまだ行っている時から看ていました。

この方は、自分が闘病しながら居間にベッドを置き、台所が見える位置で
娘さんに料理を教えながら療養生活をしたいと希望していました。

青木さんは、お母さんとしての生き様を見せながら、最後まで
子どもの役に立って死んでいきたいのだと強い意思を感じ取っていました。

化学療法をして再入院するまでの期間に、家庭の味を引き継ぐことはできたそうです。

 

しかしその副作用は強く、状態は悪化。

再入院は1週間で帰れるはずが1ヶ月以上になってしまっていました。

予後が日単位か週単位は切っている状態になり、ご家族で悩んだ結果、
「家に帰りたい」という意向に沿うことに。

 

結局、ご自宅に戻ってからは1週間もありませんでした。

寝たきりで介助が必要だったため、青木さんたちは毎日訪問していました。

しかし意識ははっきりしていたのでご家族やお友達、ママさんバレーの仲間など
たくさんの人がしっかり本人と関わることができ、大拍手の中でのお見送りとなりました。

結果的には娘さんの卒業式にはご本人は参加できませんでしたが、
最後に決断を下したご主人は
「お家に帰してあげることができて良かった」
と、帰宅という選択に満足していたそうです。

エンゼルケアにはご家族やお友達も入り、皆で手や足を拭き、お化粧も施しました。

「普段はお化粧しないから綺麗すぎるかな」
と皆で笑い合える、それはそれはとても素敵な時間でした。

 

バックベッドを持っているために、
「やっぱり最期は病院で」
と言われることが多く、そこにジレンマがあったという青木さんのステーション。

その方は初めて「お家で最期を迎えたい」と言っていた利用者さんでした。

ステーションにとって初めての在宅看取りだったことに加え、
母親として娘に何かを遺したいという気持ちや支えるご家族の懸命さ、
お友達を含めて皆でサポートするという温かさを感じ、
青木さんにとって忘れられないお看取りとなりました。

取材・文章 : 一和多義隆

取材日 : 2017年6月13日