祖父から孫へ、訪問看護が繋いだ命のバトン

三世帯が同居する我が家で終末期を過ごしたガン末期のおじいさん。 おばあさんが孫に伝えたかった「命のバトン」とは?

インタビューご協力者

船浪 紀子

訪問看護認定看護師

河北訪問看護・リハビリステーション阿佐谷 管理者

船浪さんが訪問看護をはじめて3年目に担当したご家族とのエピソード。

利用者さんは、奥さん・娘さん夫婦・お孫さんの三世帯で暮らす、終末期のおじいさん。

皮膚がんだったおじいさんは段々と弱っていったのですが、
「どうしても最期まで家でみたいのよ」
とおばあさんは言っていました。

「どうして家で?」

と質問をすると、

「人が死んでいくところを、孫たちにみせたいの」 と。

そんなおじいさんを、娘さんたちが毎日代わる代わるやってきてはケアをしていました。

おじいさんが
「そろそろ危ないかも」
となってからは、

家族みんなで介護をして、
毎晩おじいさんのベッドの近くで、ご飯を食べたり、お酒を飲んだり。
それが5日程続いた後に、亡くなられました。

心温まる、とても良いお看取りだったそうです。

その時、「人が死んでいくところを孫にみせたいの」とおばあさんが言っていた、
肝心なお孫さんは、なかなかおじいさんのそばに寄ることができませんでした。

当時、中学生だった女の子のお孫さんは、
「TVのサスペンス劇場で人が死ぬシーンすら苦手」という、とても繊細な子でした。

おじいさんは亡くなる前、
ちょうど高校受験のタイミングだったお孫さんことを、
「(受験勉強を)よく頑張っている」
と褒めていました。

おじいさんが亡くなった後、
おじいさんのその言葉をお孫さんに伝えて、
船浪さんはその家での訪問を終えられたそうです。

 

それから数年後、
河北総合病院の副看護部長から
「船浪さんが訪問してたご利用者さんの家の子が、いま看護体験に来てるよ!」
といった電話が船浪さんに入りました。

そこには、高校3年生になっていた、お孫さんの姿がありました。

「なんで看護体験に?」 とたずねると、

おじいさんがご自宅で過ごしていた最期の姿と、
後日、親戚に赤ちゃんが産まれたことが、
彼女にとってすごく印象的だったと言っていたそうです。

「ひとが死んだり、ひとが産まれたりすることって凄いと思いました」
「看護師か助産師を目指そうと思っています」 と。

 

結果的には、おばあさんの願い通り、
「おじいさんがご自宅で過ごした最期」が、
お孫さんの人生に影響を与えました。

命はこうやって繋がっていって、
「生きる意味」はこうやって人に教えていくんだなと、
船浪さんは感じられたそうです。

 

「命のバトン」を渡していくことのお手伝いができる、
そんな場面に立ち会える、
これもまた訪問看護の醍醐味の1つですね。

 

このエピソードをご紹介してくれたステーションへのインタビュー

その人らしく、その家(うち)らしく

取材・文章 : 一和多義隆

取材日 : 2017年1月17日