「あれがね、家でね!」故郷を想う利用者さんの心を開いたVR

生まれ育った福岡県添田町から府中に来た80代の女性利用者さん 故郷を想うが故に閉ざされていた女性を変えた、訪問看護師のまさかの提案とは

インタビューご協力者

黒沢 勝彦

所長看護師

LIC訪問看護リハビリステーション

「あれがね、家でね!」故郷を想う利用者さんの心を開いたVR

 

黒沢さんが現在も看護とリハビリで看ている、難病を患った80代の女性利用者さんがいます。

出身地である福岡県添田町から一度も出たことがない方でしたが、認知症が進行した旦那さんが施設に入られたことから、府中に住む次男さんの元にやってきました。

府中にくる前には、一度三男さんの元に行ったのですが、三男さんは不慮の事故で亡くなってしまったという悲しい出来事もありました。

 

そんな複雑な経緯や住み慣れた故郷とは全く異なる愛着のない街に来たという状況もあり、訪問を始めた当初の黒沢さんは、その女性とどのように関係を築いていこうか悩んでいました。

地元のことや世間話をしても、どうしても表面的な反応になってしまっていたという女性。なんとかしてその女性の表情の機微や人間らしい仕草をキャッチアップできないものか。

 

考えあぐねた先に黒沢さんが見出したのは、なんとVRの活用でした!

 

リハビリにおいても、ひとつのツールとして活路を見出していたVR。

ご家族の協力のもと府中の公園を散歩などもしてみましたがやっぱり気持ちが晴れないという状況の中、VRを装着して故郷の添田町を見渡しながら家の中を歩いてみたんだそう。

すると、女性は上下左右を見渡しながら「あれがね、家でね」と嬉々として黒沢さんたちに視界を教えてくれたんだとか。

 

VR導入によるメリットは、故郷を懐かしむことだけではありませんでした。

VRで見たのと同じ景色を探す楽しみができるため外出の動機付けになり、今まではほとんど動かすことがなかった体も「こんなに首が動くの⁉」と驚くほど可動域が拡大しました。

単なるリハビリでは起こらなかった、利用者さんの強さをみた瞬間でした。

 

利用者さんの生きるモチベーションや、新しい街で暮らしていくための力を引き出すことは、看護師のさまざまなアプローチや考え方で無限に広がるのが訪問看護の魅力の一つ。

「絶対にこうしなければいけない」「〇〇してはいけない」と医療者側で勝手に規範を決めがちなケアも、リスクや影響も十分に考えた上でまずやってみるチャレンジ精神と発想力によって如何ようにも変えられる可能性があります。

 

添田町は、東京からは8時間もかかる遠いふるさと。

簡単には帰れない遠く離れた故郷を想いながらも、気持ちも体も縮こまりがちになっていたピンチを、テクノロジーによってチャンスに変えた出来事でした。

 

取材・文章 : 一和多義隆

取材日 : 2018年6月6日